アトムの夢

2003年4月7日は鉄腕アトムの誕生日とされていました。アトムはアニメの主題歌にあるように、「心優しい科学の子」で科学万能の明るい未来を予感させるものでした。残念ながら、未だアトムのような、感情を持ち、空を飛ぶ10万馬力の人間型ロボットは生まれていません。しかし、最近の人工知能(AI)の進化はめざましいものがあります。AIはどんな未来を人類にもたらすのでしょうか?
2011年2月、アメリカのクイズ番組「Jeopardy!」に、IBMの質問応答システムWatsonが挑戦し、二人のグランドチャンピオンに勝利しました。Watsonは、コグニティブ(認知型)システムのAIであり、100万冊の本に相当する2億ページ分の自然言語のデータ情報を瞬時に分析し、解答を導き出すことができます。IBM基礎研究所のダリオ・ギル氏は医療分野におけるコグニティブシステムの活用につき以下のように語っています。 「優秀な医師でも、年間200本の論文を読むのが精一杯である。しかし、実際には毎年何十万件もの新たな論文が発表されている。Watsonは、すでに2000万本の研究論文を読み込んでいる。人間にはこれだけの量を読むことができない。Watsonはこれらの知識を蓄積しており、人間だけでは解決できないものを人間と一緒になって解決する役割を担う」。IBM社は、同社のWatsonを一部のがん診断などに適用し、「近い将来、世界で最も優れた医者になるかもしれない」と発表しています。

2016年3月、グーグル傘下のディープマインドのデミス・ハサビス氏が開発した囲碁AI(アルファ碁)が、世界最強と言われるイ・セドル9段に圧勝し、世界を驚かせました。「宇宙の原子の数よりも囲碁の打ち手の数の方が多い」と言われるように、囲碁は、人類が発明した最も古くて知的なゲームと言われ、対局パターンは10の360乗と、チェス(10の123乗)や将棋(10の226乗)より多く、頭脳ゲームでは最後の砦とされていました。

アルファ碁がプロ棋士を打ち負かした勝因は、人間の脳の神経回路をまねた「ディープラーニング(深層学習)」と呼ぶ最先端のAI技術にあると言われています。過去のプロ棋士の3000万種類の打ち手を学習させることで、対戦する人間の動きを57%の確率で予測できるようになり、自己対戦を数百万回繰り返し、勝ち負けの経験を重ねる中で徐々に勝ち方を身につけています。こうして、アルファ碁は「どこに打てばいいか」という直観を持ったニューラルネットワークに育っていったとのことです。チェスでは総当たり計算をすれば人に勝つことができましたが、囲碁で人に勝つためには計算を越えた直観が必要とされたのです。

さて、計算力に加え直感力を持つようになったコンピュータは、さらに進化すれば意識を持つのでしょうか?神経科学者ジュリオ・トノーニ教授のよる「統合情報理論」によれば、意識は脳内の特定の細胞にあるのではなく、膨大な神経細胞が複雑な繋がり方をして一つに統合された時に生まれ、脳内の神経細胞の数が多く、繋がりが複雑であればあるほど意識の量が大きくなるとされています。そしてコンピュータでも複雑な情報の繋がりを持つよう設計すれば意識が生まれる可能性があると考えられています。

映画「ターミネーター」では戦略防衛コンピュータシステムであったスカイネットが稼動と同時に超高速学習を開始し、自我の目覚めに至っています。恐れた人間側が機能停止を試みましたが、それを自らへの攻撃と捉えたスカイネットが全世界に核ミサイルを発射し、人類の半数が死滅した「審判の日」が訪れました。AIの行方を懸念する研究者は少なくありません。理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は「人工知能は人類を終わらせかねない」と警鐘を鳴らしています。テスラ・モーターズ社CEOのイーロン・マスク氏も「人工知能の研究には最大の注意を払う必要がある。潜在的には、核兵器よりも危険な存在になり得る」と発言しています。哲学者ニック・ボストロム氏は、「AIが知性の点で人類を超える時、絶滅の脅威に晒される可能性がある」と論じています。Googleはこうした懸念に応えて、「非常ボタン」のような仕組みを開発中と発表しています。

AIがもたらす未来が最終的にユートピアになるかディストピアになるかは、AI技術そのものではなく、人間にかかっています。遺伝子工学にて神の領域まで医療が拡大してきていますが、AI技術が進歩すれば、神や悪魔を作り出すことになるかもしれません。また機械が肉体労働を奪ってきたように、AIが頭脳労働を奪うことになれば人間の存在意義は何になるのでしょうか?完全に自然から切り離され、環境淘汰もなくなれば人類は種として衰退していくのではないか・・・心配の種は尽きません。

未来学者レイ・カーツワイルは、2045年にAIの性能が人間の脳を超える「技術的特異点(シンギュラリティ)」に到達するという予測しています。その時、人類を待つのはアトムでしょうか?ターミネーターでしょうか?

アトムは危機に瀕した地球を救うため、太陽活動を抑えるカプセルを抱いて太陽に突入していきました。
“ああ、地球だ・・・ 
地球は綺麗だなぁ・・・”
(アトム最後の言葉)
(長野医報:2016年9月号)

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