終末期心不全の緩和ケア

2005年、日本では年間の死亡数は約108万人、出生数は約106万人となり、死亡数が出生数を上回る「人口減少社会」が到来しました。さらに、2025年頃には、団塊の世代が75歳以上に達するため、後期高齢者が2000万人、死亡数が約160万人と予測され、「多死社会」を迎えることになります。一方、出生数78万人まで減少すると予測され、死亡数が出生数の2倍を超えることになり、本格的な「少子高齢社会」が訪れることにもなります。死亡者に占める高齢者の割合はさらに増大し、高齢者の終末期医療の重要性はますます高まると言われています。

終末期医療の多くはがん患者ですが、非がん患者の多くは心不全が占めています。現在、100万人規模とされる我が国の慢性心不全患者は、2025年には120万人を超えると予想されています。今後、心不全患者の著明な増加が予想され、感染症の爆発的拡大になぞらえて「心不全パンデミック」と言われています。心不全患者は年齢とともに増え、80歳以上の10%に達するとも言われています。高齢化で心不全が増加する原因については、加齢変性、動脈硬化、医療の進歩の功罪などがあると言われています。高齢化にて心筋の加齢変性が進むことで心機能が低下すること、加齢変性にて大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全が増えること、高齢による高血圧の増加、動脈硬化の進行で虚血性心疾患が増えることで心不全が増えていきます。また、医療の進歩で他の疾患の死亡数が減ることで寿命が延びると最後には心不全患者が増えることになります。さらに、β遮断薬・ACE阻害薬・アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬等の薬物治療、植え込み型除細動器・両室ペーシング等のペースメーカー治療、在宅酸素療法やASVなどの陽圧呼吸療法により、心不全の生存率が上がっていますが、一方では低心機能で心不全入院を繰り返す患者を増やすことになっています。心不全患者では急性増悪による再入院が多く、6か月以内の再入院率は30%程度と言われています。治療すればするほど、救命すればするほど、心不全入院リピーターが増えていきます(心不全治療のジレンマ)。

がん患者と非がん患者では死に対する意識の違いが大きいと思われます。がんと診断された時点で、患者は死を意識し、限られた残りの人生をどう生きるか模索していくと思われます。一方、心不全の患者は、急性期に呼吸困難が強い時には死を強く意識しても、病院で治療を受けて心不全が改善すると、楽になり助かったと思い、死を意識することが薄れていくと思われます。心不全は1年に30%の死亡率で、一般のがんより予後が不良と言われていますが、心不全患者は実際よりも生命予後が良いものと考えていることが多いようです。また、医師の側も出来るだけの治療を行い救命していくことが医師の使命として教育されています。しかし、全ての患者が救急治療で助かる訳ではありません。医師は助からないと分かっていても最後まで積極的な治療を行い、患者の家族もまた助かってほしいと希望するため治療の撤退を決断できないこともあります。患者側では心不全を繰り返すことで終末期に向かっていくことに対する理解が乏しく、医師側も終末期と分かって治療を中断したり、緩和ケアに切り替えたりすることに慣れていないように思われます。また、急変して、心肺停止となり蘇生されたとしても、意識のない状態になれば、本人の意志を確認することが不可能になります。心不全治療にて病態が安定してきたときに、終末期の治療方針につき患者に意思確認することはあまりなされてこなかったと思われます。

アメリカ心臓病学会の2005年の慢性心不全ガイドラインに「やすらかな最期を迎えたいと願う心不全患者は多いものの、急変時には望まない処置がしばしば行われるため,事前に方針を決めることが末期医療の前提」と書かれています。2013年、アメリカ心臓病学会の心不全ガイドラインでは難治性心不全における緩和ケアが取り上げられています。新しく診断された癌患者のように、心不全患者においても、早い段階で緩和ケアの概念を取り入れることで、生命予後や生活の質を改善させる可能性をもつかもしれないと記載されています。2016年10月、日本心不全学会から「高齢心不全患者の治療に関するステートメント」が発表されました。我が国の高齢者心不全の特徴は、1)common diseaseであり、その絶対数がさらに増加してゆく、2)根治が望めない進行性かつ致死性の悪性疾患である、3)その大半が心疾患以外の併存症を有し、個人差が顕著である、の3点に要約されています。高齢心不全患者でも積極的に治療すると良い場合がある一方、合併症が多く終末期が近い高齢心不全患者では、積極的治療がかえってQOLを落とすため、治療を差し控えたり、あるいは終末期ではモルヒネを用いた緩和ケアなどをチーム医療で考慮するという方向性が示されています。終末期心不全では、急性増悪と寛解を繰り返すことが多く、予後を正確に予測することが困難であるため、心不全寛解期にACP(advanced care planning)にて意志決定支援しておくことが望ましいとされています。基幹病院の専門医とかかりつけ医あるいは多職種によるチーム管理システムを構築することが必要であり、個人や家族の希望に沿う治療ができるよう早期から終末期への準備を始めておくことが求められています。

心疾患の急性期における救命率の改善や、人口の高齢化に伴い心不全患者数は急激に増加しています。また,再入院のたびに集中治療を必要とし、カテーテル治療やペースメーカー治療を行うことで医療コストが増大することが問題となっています。終末期心不全患者の医療につき、患者本人の望む治療や生き方を知り、積極的治療か緩和的治療かを決定するために事前に患者、家族と対話して情報共有しておくことがQOLを高める治療に結びつくと思われます。終末期心不全の緩和ケアがすすめば、終末期心不全患者の看取りは病院から施設、在宅まで拡がっていくものと思われます。
(長野医報:2017年10月)

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